(一宮市大字大毛に伝わる)
昔、今の一宮市大毛に清水が湧き出る井戸があった。その近くに、少し目 の悪いばあさんが、清水で目を洗いながら暮らしていた。 ある冬の日、清水が涸れてしまった。ばあさんはすっかり肩をおとして、 ほとんど湯ばかりの雑炊をすすっていると、黒い衣をまとった汚らしい身なり の老人が立っていた。 「旅の坊主でございます。ここまで来て日が暮れてしまい困っております。」 「さあ、早ういろりへあたるとええ。」 お坊さんは火に手をかざし、生き返ったようになって、グーとお腹が鳴った。 「なんぞ食べ物をさがしてくるでな。」 ばあさんはそう言って飛び出したが、自分の畑はない。井戸の向こうの畑 に、白菜が月に白く光っていた。思わずひとカブ抜いて、家の中へ走り込ん で、ふるえる手で白菜をきざんだ。いろりの火に照らし出されたばあさんの足 は、土で汚れていた。夜が明けたら畑にくっきり足跡が残っているに違いな い。お坊さんの胸は痛んだ。 お坊さんは目をうるませて祈った。すると、お坊さんの目から、キラリ光るも のが一筋流れ落ちた。そのとき、表で水の吹き出る音がした。 次の日の朝、ばあさんは夜明けと共に目を覚ました。お坊さんはいなかっ た。 ばあさんが外へ出ると、涸れていたはずの井戸から、高々と水が吹き出し ていた。見上げるばあさんの顔に水がかかると、たちどころに目の病が治っ た。そして、その水は、周りの畑をうるおし、ばあさんの足跡もきれいに消し ていた。 お坊さんは弘法大師だった。その後、井戸の近くに清水弘法寺がたてら れ、眼病治療の参拝者で今もにぎわっている。 |