源さんの熱田参り

(一宮市本町に伝わる)



 昔、真清田神社の参道に呉服屋があって、源さんというたいそう早とちり
の男がおったそうな。
 ある大晦日のこと。源さんは「真清田さんは顔なじみやで、願い事を後回し
にされちまうでな。」と熱田さんまで初詣に行くことにしたと。
 朝から支度をして昼過ぎには床に入ったが、じっとしておれずにごそごそし
だした。
 「出がけは何かと忙しいやろうし、もし顔洗うのを忘れたら神様に失礼やで
今洗っとくか。まてよ…、それより弁当を忘れでもしたら大変やな、ついでに
腹の中へ入れとくわ、」
 除夜の鐘で飛び起きた源さん、弁当を食べてしまったことも忘れて、そばに
あった枕を腰に縛りつけた。道にも迷わずに熱田さんへ着いて、新年の祈願
をした帰り道。明るくなってくると、すれ違う人が源さんを見て笑って行く。
 「正月とはええもんだわ。みんな悲しいことや苦しいことをがまんして、ニコ
ニコしとる。よしわしも見習うか。ハッハッハハ…。」
 源さんは笑い返し過ぎて腹がへったんで、腰の弁当に手をあてた。弁当が
枕に化けとる。そんで、やっとみんなの笑った意味がわかったんやと。源さん
は顔をかくして家へ帰って来た。
 「ああ恥ずかしかった。おっかあ、早よう飯。とどなったが返事がない。よう
見たら隣のおかみさんや。慌てて飛び出したが、謝らにゃいかんとまた駆け
込んだ。
 「内のおっかあと間違えましてすみませんな。」
 ペコペコ頭を下げたがどうも様子がおかしい。そっと見たら自分のおかみ
さんやったと。
 「なんだお前か、ああ冷や汗かいた。飯は後にして風呂でも浴びてくるわ。」
とほっとして、風呂へ飛び込んだ。だが、そこは井戸だったわ。
                                  
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