幻の姫人形

(一宮市真清田に伝わる)


 昔、真清田神社のある辺り一帯は、青桃の丘といって、桃の木が群生
しとった。神社をつつむようにな。そんで、その桃の木の間をぬうように
木曽川の分支流が流れとって、川下の村に宗七という飾り鞍作り職人が
住んどった。
 ある年の桃花祭の日のことじゃ。 宗七のつくった鞍を乗せた馬が、出る
ことになったんじゃと。 宗七はよそいきの着物をまとい、祭りを見物して
おった。 すると、背後から声がした。
 「なんて美しい鞍だこと。私も桃の花をいっぱい散りばめた鞍に乗って
みたいわ。」
 宗七が鞍を納めている武家屋敷の桃姫様と呼ばれている娘だった。 
何度か見かけたことはあっても、口を聞いたことはなかった。
 祭りの賑いが、身分のへだたりをといてくれたんじゃな。 人込みに押され
、いつしか二人は手を取りあい、川岸の桃の木の下で見つめ合いながら
座り込んでおった。
 それから二人は、真清田神社近くの桃の木の下で、こっそりと毎日会った。
 「もし、これっきり会えなくなったら
次の桃花祭には、必ずあの桃の木の
下で待ってるわ。」
 そんな言葉を交わしてからすぐじゃ。 二人のことが知れわたり、姫は家か
ら一歩も出られなくなったわい。
 約束の日、桃姫は裏口からこっそり出て、川の浅瀬を身をかがめながら、
あの場所へ向かったんじゃが、深みに足をとられてな、溺れてしまった
そうな。
 次の年のことじゃ。見事な桃の花模様の鞍に、桃姫様そっくりの人形を
乗せた馬が、祭りの中を走り抜けて行ったそうな。 鞍も人形もそりゃ美し
かったと。
 

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