怪力佐市

(一宮市北方町に伝わる)


 昔、北方村に佐市という船頭が住んでおった。なんでも村の大日神社の
祭神から力を授かったという、めっぽう力自慢の若者だった。
 
ある日、佐市は夕日に染まった木曽川を、家路に向かって急いで舟をこ
いでおった。

 
そのころ尾張藩では、北方村に船番所をおいて木曽川を上り下りする船
を調べておった
怪しい人物が藩内に入って来るのを防ぐため、陽が落ち
てからの船通行はいっさい禁じられとった。
 「そこの舟、本日の通行はもう終わったぞ。」
 役人が走り寄って来た。
 「ヘイ、あそこの船着場までなんですが。」
 「本日の時刻は過ぎた。明日の朝まで待て。」
 佐市の前に足止めをくった船頭が二人、つながれた舟のへりへ腰をおろ
して困っておる。
 「あのう、お役人さま。通っていけないのは、この川の上だけで?」
 佐市はおそるおそる聞いた。
 「くどいやつだな。さっきから何度も言っておるだろうが。」
 「ヘイ、それではちょいと、ごめんやあす。」
 佐市はいたずらっぽく笑って、自分の舟をぐいと引き寄せた。
 役人があわててとんできた。
 「いったい何をしようとするのだ。」
 「ヘイ、川の上がだめなら、陸の上を行きやすんで・・・・・・ヘイ。そうらーと
っと。」
 佐市は三そうの舟を縄でゆわえて、かけ声もろとろ軽々と頭上へかつぎ
上げた。
 そして、そのまま涼しい顔をして番所の前を過ぎると、「えいっ」と川の中
へおろした。
 役人たちが口をポカンと開けて、あっけにとられている前を、さっと舟をこ
いでいったそうな。

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