片葉のあし

(一宮市今伊勢町に伝わる)


 昔、今伊勢町宮山に大きな池があった。 池のほとりには神宮寺という寺が
あって、笛の上手な若い僧が修行しておった。
 対岸には、落ちぶれた古い屋敷に「ゆき」という娘と、目の病にかかった母
親がさみしく暮らしておった。
 ある日、母親は僧の笛の音を聞いた。
 「ゆき、あの笛の音を聞きながら、池に散る桜の花びらを見て和歌を詠
(よ)んでみたい。」
 ゆきは神宮寺へ行って母親の願いを話すと、僧は快く承諾してくれた。
 そこでゆきは桜の花が咲くまでに、母の目を治そうと薬を探しまわるうち、
家の前の池にいる八つ目うなぎがいいと知った。 そこは殿様のタカのエサを
捕らえるために禁漁区だった。
 ゆきはかまわず夜になると池へ行った。 捕ってきた八つ目うなぎを食べ
させるうちに、母の目はしだいに良くなっていく。
 桜の花が満開になった日、ゆきが神宮寺へ僧を迎えに行った。 そこで、
お城からの遣いの話を聞いてしまった。 僧は池の見張り役で、池を汚した
女子を捕らえろということだった。
 「お坊さま、母が桜の下で待っております。 お約束の笛を聞かせてやって
ください。」
 ゆきは楽しそうな母親の後ろ姿を見送り、覚悟を決めて裏口からこっそりと
出た。
 「あの方に捕らえられるくらいなら、ゆきは死にます…。」
 桜の花びらが散る池の中へ入って行った。
 それからこの池では、春になると、神宮寺に向かって、片葉の葦(あし)が
茂るようになった。それはゆきがあの若い僧を慕うように、風になびいた
そうな。