(一宮市大字西大海道に伝わる)
昔、今の一宮市西大海道に、広い田畑と千両もの大金を持っておる家が あったそうな。家には年老いたお父とお母と、息子が住んどった。 息子はひどいなまけ者だった。 ある日のこと、お父は重い病になって床に伏せ、肩で息をしながら言った。 「永い間ありがとう。ところで母さんは、この世の中で一番大切なものは何 じゃと思う。」 お母は、思いもよらぬ言葉を聞いて、考え込んでしまったそうな。 「お金だなんて言ってくれるなよ。お金なんていうものはな、使ってしまった り、盗まれりゃ、それで終わり。一番大切なことは、自分の身に何かを付け ることじゃと、わしは思う。」 お母は黙って話を聞いておった。 「働くことをしっかり身につけりゃ、誰ももっていかん。一生自分のもんやて。 なあ母さん、わしの最後のわがままを聞いてくれ。今まで、ずっと守り続けて きた千両、あれはなあ・・・・・・。」 そこへ息子がやってきた。 「おっ父、野良仕事だけはできそうにねえが、うちには千両もあるんやで、 何とかおっ母さんと二人でやっていくで、心配はいらんよ。」 息子は二人の顔を交互に見ながら言った。 「やっぱりお前は、あの千両をあてにしとったんか。しかし、あの千両は田 んぼへ埋めた。」 お父はそう言い残すと静かに息を引きとった。 さあ大変。いつかは自分のものになると信じていた千両が、このままでは なくなってしまう。 息子は死にものぐるいで次から次へ田んぼを耕す。お母がそこへ種をまく。 秋には立派な稲穂が実る。それを見て息子は、すっかり米作りに夢中にな り、いつのまにか働き者になったそうな。 |