稲荷山のお菊

(一宮市千秋町に伝わる)



 昔、一宮市千秋町加納馬場に、笹におおわれた稲荷山という小高い丘が
あって、狐がたくさん住んでおった。首領はお菊と呼ばれる女狐でな、
侍に化けることがうまくて、いつも村人や旅人を困らせておった。
 ある初夏の日のこと。庄助というお百姓さんが、今日こそはお菊を捕らえて
やろうと思いながら、稲荷山の近くで田んぼに水を引いておった。
 するとそこへ一人の侍が現れた。
 「殿様のお通りだ。ひかえておれ。」
 庄助は、へへっと言ってひれ伏しながら、ひそかにほほえんだ。
 「お前、お菊だな。」と侍につかみかかった。
 「なにをする無礼者!手打ちにしてくれる。」
 侍は庄助を投げつけて、腰の刀を引き抜いた。
 庄助はびっくりして腰を抜かした。よく見れば本物の侍のようにみえてくる。
 「こ、これはとんだ間違いをいたしました。どうぞごかんべんを…。」
 庄助が地面に頭をすりつけてあやまっていると、ちょうど運よく村の住職が
通りかかって、中に割って入ってきた。
 「お侍様、今日のところはこの和尚に免じて、許してやってはいただけない
でしょうか」
 「その代わりこいつの頭を剃ってしまえ。」
 庄助はとうとう、和尚さんの手で坊主頭にされてしまったそうな。
 「それで少しは頭も冷えるだろうに。」
 お侍と和尚さんが立ち去って、涼しい風が吹いて、庄助はふと気がついた。
 「まてよ。またお菊にしてやられたわい。」
 稲荷山から、コーン、コーンと、笑うような狐の声が響いてきたそうな。

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